JANIS JOPLIN biography 死亡 ランドマークホテル

JANIS JOPLIN biography 8【970年10月4日. ジャニスの死】

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1970年10月3日、
「生きながらブルースに葬られて」のレコーディング。

快調にオケの録音を終了。
次の日に行われるジャニスのヴォーカル録音の準備を整え、
メンバーは23:00に帰宅。

ジャニスは泊まっていた「ランドマーク・ホテル」に戻る前、
いつものように「バーニーズ・ビーナリー」というバーに立ち寄った。

レコーディング中もスタジオで飲んでいたのだが、
そこのカウンターで2杯の酒を飲み、
その後ホテルに戻る。

普段、
仕事の後に泳ぐことも多かったが、
その夜は泳がずに、
午前1時頃、タバコを買いにロビーへ行っただけだった。

自分の部屋に戻ったあと、
ジャニスはブラウスにパンティという姿でベッドに座る。

そして横のテーブルにタバコを置き、
お釣を手に持ったまま、



彼女は前に倒れた...。



その時、
テーブルにぶつかり、唇が切れた。







ジャニスリンジョップリン死亡。
享年 27才. 1970年10月4日. 秋。






ジャニスは、ホテルに戻った後、
いづれかの時点でヘロインを打った。

そしてそれは、
静脈ではなく皮下に注入されていた。

静脈注射の場合は、
即座に強烈な衝撃を与えるのに対し、
皮下注射の場合、
最大の衝撃はそれよりも遅く、
90分くらいの間に訪れる。

その夜、ジャニスが使ったヘロインは
夕方に「ジョージ」という男から買ったものだった。
実は、ジャニスは
ヘロインを始めてからずっとこのジョージから買っていた。
同じ売人からしか買わないように気をつけていたのだ。
もしかして、


ジャニスが愛していた愛犬と同じ名前だったからだろうか...。


そんな事を俺は思った。


ジョージの方も、
自分の売るものに気をつけ、
いつも売る前に化学テストを行っていたらしい。

しかし、
よりによって、
この日に限って、
いつもテストをする人間が街にいなかった...。


その土曜日、
ジャニスが買ったヘロインは、
純度が40%~50%もある
通常の4倍から10倍の効果を持つものだった。



床に倒れたジャニスが発見されたのは、
日曜の夜7:30。


死因は、
ヘロインとアルコールの相乗効果による
偶発的な「オーヴァードース」だった。



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JANIS JOPLIN バイオグラフィー1
【ジャニスリンジョップリン誕生(1943年)~ハイスクール時代(1960年)】

JANIS JOPLIN バイオグラフィー2
【カレッジ時代(1961年)~LA. ヴェニス. オースティン時代(1962年)】

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【サンフランシスコ時代(1963年)~再び戻った家族のもと(1965年)】

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【BIG BROTHER AND THE HOLDING COMPANY への加入(1966年)〜成功への階段(1967年)】

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【BIG BROTHER AND THE HOLDING COMPANY 脱退(1968年)】

JANIS JOPLIN バイオグラフィー6
【KOZMIC BLUES BAND 結成(1968年)~解散(1969年)】

JANIS JOPLIN バイオグラフィー7
【真剣な恋、そしてFULL TILT BOOGIE BAND結成~アルバム「PEARL」レコーディング開始(1970年)】

JANIS JOPLIN バイオグラフィー8
【1970年10月4日. ジャニスの死】

JANIS JOPLIN バイオグラフィー9 最終章
【大好きなジャニスへ】


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by ohpg | 2011-01-21 00:58 | JANIS JOPLIN
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