魂の歌がそこにある
[ Bar-003 ]
その電話が鳴った時丁度寝てたんだよ。 夜の仕事してたから出るのもかったるくてさ。 何とか身体を起こして受話器をとると聞いたことのない男の声だった。 男は俺の名前を確認すると『あなたにギターを弾いてほしんです』と言った。 1993年の春にそれまで活動していたバンドが解散してしまったんで、 東京に行こうかなって思い個人的に業界関係にプッシュしてたんだよ。 だから直感的にそ〜いうことなんだなって思った。 それで、とりあえず仕事の内容を聞くと男は 『アーティストの○○でギターを弾いてほしいんです』と言った。 そいつのことはTVなんかで俺も知ってたから半信半疑な気持ちと 沸き上がる興奮とで俺も少し混乱したよ。 そんで、あんたはマネージャーなのかって聞いたら『僕は○○本人です』と答えた。 本人だぜ? 面倒な話は後にしてとりあえず会おうかということになったんだけど、 事もあろうが明日からリハーサルが開始するなんて言うからこっちも勢いで 『じゃ、明日伺います』なんてクールにきめちゃったんだよな。 男は電話を切る直前に 『あなたのギターを表現できる最低限の機材は持ってきてください』と言った。 サ イ テ イ ゲ ン ノ モ ノ ? それから急いで起きてJRに走った。 新幹線なんて乗る金ないから高速バスのチケット買って、 それからバイト先に行って事情を話してしばらくの間休暇をもらった。 泊まるところは親友が御徒町に住んでいたから、そこに転がり込むことにしたんだ。 出発当日はさすがに胸が踊ったよ。だって、メジャーでギターが弾けるんだぜ。 ずっと夢だったし。しかも、ある朝に突然転がり込んできた電話でさ。 あっちが直接かけてくるんだもんな。俺はギターケースに着替えなんかを無理矢理つっこんで持ってきた。笑えるな〜、それだけだぜ。あとサイフと。 そうそう、勿論俺を最大に表現するギターとOVER DRIVEのエフェクター1個も持った。 そしてバスに乗り込んだ。 待ち合わせのスタジオは原宿にあった。 約束の時間より早くついたけどそこで待つことにした。 ロビーには次第にメンバーらしき奴らが集まりだして最後に電話の男が現れた。 男は殆ど誰なのか分らないくらい深く帽子をかぶり色の濃いサングラスをかけていた。 俺はとっさに嫌な奴だなと思った。 男は俺に気がつくと近くに来て手をさしだした。そしてメンバーに俺を紹介した。 このメンバーは一体何人いるんだって思い数えてみると俺を入れて9人だった。 スタジオが信じられないくらい狭くてさ、笑ってしまったよ。 しかもその中にVOCAL,GUITAR,BASS,DRUM,KEYBOAD,CHORUS×2,ERECTRIC VIOLINがいるもんだからすごいのなんのってさ。 初日のリハーサルだったんだけど俺以外のメンバーは今までもほぼ固定だったらしく曲は知っていた。 ギターリストが自分のバンドでメジャーデビューするんで俺を入れたらしかった。 簡単なセッションをした後に男は俺にカセットテープを渡して 『4曲はいっています。20分で覚えてください』と言った。 そして俺は1人ロビーでひたすらそのテープを聞いた。2 0分後に行われたリハーサルで男は俺のギターを聞いてニヤリとした。 そう、暗黙のオーディションは通過したってことだった。 でも結局俺はその話を蹴ったんだ。 蹴ったっていう言い方はちょっとカッコよすぎるけどさ。嫌になったんだよ。 音楽やってることもメジャーも人間もさ。 ことのきっかけはリハの合間にセッションしてた時に俺が他のメンバーに『カバーしてる時の方がみんな生き生きしてるな』って言ったことだった。 奴らは口をそろえて『やっぱロックは最高だな』な〜んて言うんだぜ。 だったら好きなことやればいいじゃね〜かって俺は思った。 現実的に俺もそこにいた訳だけど俺にはまだ野心も夢もあった。 でも奴らは違った。プロという肩書きが欲しかっただけなんだよ。 その為には何でもやる奴らだった。 誤解してほしくないんだけど勿論俺にだってプロ意識はあった。 与えられたものを確実にこなすっていうのかな。 うまく言えないンだけどさ、自分のやりたい事を諦めた訳じゃなかった。 ま、そいつらは俺なりな言い方をさせてもらうなら『プロになるために魂を売った奴ら』だった。 しかも当時の音楽業界全体がそんな流れだった。 音楽は完全にビジネス化され理論や統計だけに汚染された馬鹿なエリート達が業界を支配していた。 そしてそのシステムの中で生きていける者だけがプロになれた。 しかもそのシステムの中には俺達が聞いて育ったロックは影も形もなかったんだ。 すげ〜悲しかった。 完全に産業ロックに支配されていた。悲しかったよ。 本当にいいものがメジャーで理解されないんだぜ。 俺はそれに気付いた時反吐がでそうになった。 その時とりまいていた俺の周りの奴らは口をそろえて 『Gisuke君、好きなことだけじゃオマンマ食っていけないよ』と言った。 馬鹿野郎!飯食いたくてやってんじゃね〜よ!好きだからやってんだよ! 人に感動与えたいからやってんだよ!ロックで時代を変えようって本気で思ってんだよ! オメーラみてーな魂ねー奴らが歌う歌に誰が感激するか? 金だけ稼げればばい〜って問題じゃねーんだよ! 客が1人だって俺はやるぜ! オメーラからっぽだぜ! 偽善者野郎が! クソだぜ!くたばれ! そして俺はスタジオを出た。 関係者と男が一緒について来て何度も俺を説得しようとしていた。 今夜もう1度話合おうとか、メジャーになってからでも好きなことできるじゃんとか、色んなこと言ってた。 でも俺の決意は堅かった。 山手線に乗るまで彼等は俺を説得しようとしていた。 最後に男は『どうしてやっていけないんだ?』と聞いた。 俺は『ロックが好きだからだ』としか言えなかった。 ロ ッ ク ガ ス キ ダ カ ラ ダ 今でも原宿駅に立つとあの時のことを思い出す。 うっすら雨が降っていた記憶がある。 電車に乗り込んでそのまま御徒町の親友の部屋に行った。 その夜は久し振りに2人で飲んだ。 しかも近所の吉野屋でさ。 本当なら深夜に酒は出せないって店員が言ったんだけど湯呑茶碗で飲むならいいと言ってこっそりビールを出してくれた。 俺が事の全てを話すと親友は『お前らし〜な』と言って笑った。そ〜言われて何だか俺もおかしくなった。 そして親友は『田舎に帰って同じ関係の仕事をしようと思っている』と打ち明けてくれた。 そして俺達は終わらないこの先の人生と夢にビール瓶をテーブルの下に隠しながら乾杯したんだよ。 俺は地元に戻ってからもしばらく音楽活動はしなかった。 というかしたくなかった。 時々世話になった都内ライブハウスの店長が電話で『おまえならいつでもできるさ』と勇気づけてくれたりもしてくれた。 ある時なんとなくテープを整理していたら懐かしいJanis JoplinやらMOTT THE HOOPLEやらの粗末なカセットテープが出てきた。 久し振りに聴いたその音楽は俺が求めていたものそのものだった。 何度も聴いたよ。やっぱり最高だったよ。 なんかこう、人間味を感じるんだよな。歌も歌詞も楽器の音もさ。 今みたいにクリアな音じゃないんだけど。胸に響くものがある。 そう、たしかにそこに俺の好きな魂の歌があった。 □BGM : ROCK ON ■T.REX 『THE SLIDER』 1972年にマークボランが設立したしたT.REX WAX COMPANYよりリリース。 ティラノザウルス レックスからT.REXと改名して4枚目のアルバム。シュールなバラードからファンタジック溢れるボランらしいポップでブギなロックンロールがぎっしり詰まった最高傑作。生前から『僕は30才まで生きないと思うよ』という言葉はあまりにも有名だ。まさか本当に30才の誕生日の2週間前に世を去るとは誰も予想しなかったろう。まさにボランはロックスターだった。でもきっとその中で色んな葛藤があったんだろうと思う。人気が出れば出る程『逃避願望』が強くなっていたようだし、ヒットナンバーと裏腹に皮肉にも『僕は20世紀のオモチャ』だなんて歌ったり。ただ派手なグラムロッカーっていうイメージが強いけど、ボランの独特なリズム感や楽曲の完成度、ギターリフのセンスは天下一品だ。そしてポップで痛快な中に見えかくれするどこか物悲しいボランの歌が俺は最高に好きだ。
by ohpg
| 2001-07-17 06:41
| Bar's Column
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MOTT THE HOOPLEのイアンハンター、ジャニスジョップリンにリスペクトされたロックンロールシンガー、GisukeのYOUNG DUDES BAR コラムの携帯版。お勧めのBGMをバックに今夜も色んな話題で飲んでいますよ。 by ohpg
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